東洋はり医学会 新宿支部 「治したがりの手」

「治したがりの手」

4月は新入会はもちろん、聴講生でも新たに参加される方も多く出会いの季節である。

 

新宿支部会はOBOGや現在籍の方のご尽力で、ここ数年5人以上の参加者が続き、賑々しく支部会を行えていまして、本当にありがとうございます。

 

新たな参加者の方には最初の1~2回の支部会の実技で担当の班に来ていただき、基本刺鍼を行うようにしている。

そうすると、だいたい年に1人ぐらい特徴的な手ををした方がおられる。

押し手か刺し手、あるいはその両方の手がすごく温かいのだ。

 

私「あー、とっても温かい手をしているね。」

新入生「よく言われます。」

私「そうか、よく言われるかー、この手は治療家…とくにマッサージ師だったらとても良い手なんだよね。」

新「ありがとうございます。」

 

私「良い手なんだけど…。例えば患者さんを診たり、本会の実技をすると疲れない?」

と聞くと大概、

「あー、疲れますね。」

「そうなんです、ものすごく疲れます。」

「患者さんはまだ経絡治療で診て無いですけど、ここの実技は疲れます。」

 

などの、答えが返ってくる。

 

私「そうだよね~、良い手なんだけど気が出続けているというか漏れているというか、まあオーバーヒートみたいな感じなんだよね。」

新「そんなこと、分かるんですか!」

私「うん、なんとなくね、ゲップ出てるし…グフ(ゲップの音)、気が動くと出るのだよね、マナー的には申し訳ないけれど、気感敏感者なもので…イジラレ支部長なのはこのゲップの特性もあってね…。」

 

そんな導入の話があり…もう少し話が進むと、この温かい手の持ち主は大体

・患者さんをなにがなんでも治したい

と思っていることが分かる。

もちろん、この事は医療人としてとても大切な思いである。

ただ、経絡治療家としては、この真面目な思いが落とし穴にもなるのだ。

 

話は10年程さかのぼる…。

まだ私が聴講生のころ…確か「わかりやすい経絡治療学術講座」に参加したときに、前で講義をされた先生(おそらくは柳下会長だった思います)が、

「経絡治療は気の流れが、ある程度ついたらそれで良いんだよ。あとは患者の方が勝手に治っていくもの…だから最後まで治そうとすると、やり過ぎる事が多いんだよ。」

といった話をされていた。

 

これを聞いたとき私は、凄い!この先生は武田信玄と同じことをおっしゃっている…

<信玄公は「物事は六・七分を成せば上として、八分以上成そうとすると失敗する」と言われていた(諸説あります)>

鍼の達人になると、あの武田信玄と同じことを考えるようになるのか…ただ、まだ私は聴講生だから一所懸命にやる他はないな。

 

そんな事を思った記憶がある。

あれから約10年の間に何度かのドーゼ過多の誤治をして、少し七分の勝ちが分かるようになってきた。

 

話を今に戻そう、

 

私「うん、まあ治したがりの手なんだよね。」

新入生「治したがりの手…ですか。」

私「その手自体は悪いことじゃあないんだよ。でも昔、達人の先生がね…。」

 

この後に武田信玄、さらには孫子まで出すかは…話の流れ次第にしていますね。

 

今年も新入生を迎えます。

さあ、今年は何人の治したがりの手が現れるのだろうか。

いずれにせよ楽しみでなりません。

 

 

(写真は取穴の実技風景:ナソ部の経穴間をテープで繋ぎ、皮膚面での経絡の走行の把握を目指してます)

 

東洋はり医学会 新宿支部

支部長 安場保晴

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