入会し、ご指導いただいたことが私の治療室を支えてくれています

品川支部 阿部 沙代子 おひさまはりきゅう治療室

阿部 沙代子

私が東洋はり医学会と出会ったのは、現会長である谷内先生の治療院に患者として通っていた事がきっかけです。仕事のストレスや疲れが原因で身体を壊していたのですが、ご縁があり鍼灸師の道に導いていただきました。鍼灸学校卒業後は、道しるべができあがっていたかの様に当学会に入会。初めての環境で、どんな先生方がいるのだろうと不安でしたが、講師の先生方が丁寧に技術指導をしてくださいました。開業したばかりで悩む事が多かったのですが、勉強会では図々しく先生方に相談し、どんな質問にも丁寧に答えてもらっていましたので、何とか臨床の場で活かしていくことができました。

この会に入会していなければ、私の治療室は今まで続いてこれなかったかもしれません。現在も勉強会の度に手技向上の手直しをしてもらい、知識を習得しています。何よりも温かく人情溢れる先生方ばかりで、私にとって心地の良い場所になっています。あなたも東洋はり医学会の仲間になりませんか?お待ちしています☆

文字通り『手から手へ』の指導

足立支部 藤澤 敏人 今治鍼灸院

藤澤 敏人

鍼灸師の国家免許を取ったのは、10年前、65歳の時でした。その後、東洋はり医学会に出会うまで、3年間2か所、別の勉強会に出席していました。

最初に行った会は、西洋医学的な勉強会で腰痛に対しては、ここにこういう風に鍼を打つ、というように教わりました。2か所目は、東洋医学的な鍼を教える会でした。本部会と支部会があり、支部会は個人的な指導をしている会でした。先生の指導を受けたいとお願いしたところ、いい返事を頂けなかったので、勉強会に行くのをあきらめました。

東洋はり医学会では、本部会、支部会ともに文字通り『手から手へ』脉の診方、腹診について教わり、おかげさまで開業することが出来ました。開業後も、頑固な便秘症、不眠症などについて、先輩、同期の先生方の指導を受けながら臨床を続けております。

今年度、56期生25名は、21歳から74歳の方が入会され講習を受けております。どこの会にしようと迷っていらっしゃるようでしたら、東洋はり医学会へ参加されることをお勧めします。まずは、支部会・又は本部会の聴講を受けられるのがよろしいかと思われます。

“一割”の鍼灸師になるために

高橋 祐太 はり・きゅう 慈雨治療院

高橋 祐太

鍼灸学校に入学した日に校長に言われたのは「この中で鍼灸師として生きていけるのは一割です」という衝撃的な言葉でした。21歳で資格を取得し、鍼灸整骨院に就職しましたが、この先自分が鍼灸を生業としていくためには「核」となる物がなければ生き残れないと思い、東洋はり医学会に入会しました。25歳で開業して実感したのは、「鍼灸師は孤独な職業だ」と言う事。基本的に全て独りで患者さんを診察・治療しなければなりません。自らが行った手技手法が正しいかどうか、確認するすべがない人がほとんどだと思います。入会する事により、日本全国の会員と同じ治療法を共有する事ができます。悩みや疑問をぶつければ、誠心誠意答えてくれる場所ができた事が、自分にとって大きな支えになりました。

東洋はり医学会は、前述の“一割”の集まりです。鍼とお灸と、自らの腕だけで生きていく為の“学と術”を、皆様と一緒に学んでいけたら嬉しいです。

患者様に喜ばれる治療法

熊谷 多薩 熊谷はり・きゅう院

熊谷 多薩

入会当初3年間は、他の鍼灸の講習会と併用して受講しておりました。しばらく東洋はり医学会の脈診流経絡治療と他の流派の鍼灸治療を併用していたのですが、東洋はり医学会で教わった通りに治療した方が患者様に喜ばれております。痛くなく熱くない鍼灸治療が患者様に安心して受診して頂けるからだと思います。

入会して10年が過ぎます。治療室を構え幸せに生活できていますので当会を選んで良かったと思います。

経絡治療家として

長崎支部 宮原 政光 みやはら鍼灸院

宮原 政光

鍼灸師という生き方に強い憧れと興味を持ち、13年間勤めた海上自衛隊を辞める2週間前、私が東洋はり医学会を知ったのはそんなときでした。父の紹介で訪れた鍼灸院で、初めて東洋はり医学会の鍼灸術に出会い、その鮮やかな手捌きにすっかり心酔し、即座に入会を決意しました。

当時、鍼灸師として生きる決断をしたものの、そこから先はまったくのノープランだった私にとって、それはなにかに導かれたように感じたことを、今でも覚えています。

入会後学術の研鑽も進み、いつの間にやら三代目となる長崎支部長に就任し、たくさんの仲間に支えられ、会員のみなさんと脉診流経絡治療の伝承に関わることに、自衛官の時にも感じ得なかった充実感と責任を感じています。

初めて東洋はり医学会の経絡治療を見た鍼灸師の方は、こんなこと自分にできるだろうかと思われることでしょう。でも大丈夫、あなたの鍼灸術に対する情熱があれば、その思いを大成するための学術研鑽の場が、東洋はり医学会には目白押しです。

本当に東洋医学を駆使して、本当に鍼と灸だけで治療ができる、本当の鍼灸師として患者の前に立つことができる、経絡治療家としての道を歩んでみませんか。

鍼灸師としての向上心と満足感

長崎支部 緒方 昭浩 緒方鍼灸院 脉泉堂

緒方 昭浩

人の輪の中に人は生き、人の「和」をつくりだすことで居場所を見出す。輪の中に居続けるために、他人を笑顔にする役割を果たしたい。この言葉は受け売りですが、つぶやくとなにか生き方を悟らされる気持ちになります。しかし、狭い輪の中で生活していると偏った考えに平均化され、成長も限られたところで止まってしまいます。大海にもまれても自分の考えがまとまらず、風見鶏みたいに意思を持たない人になってしまいます。ちょうど良い人の輪が、人には居心地が良く、生きている満足感も得られます。

居心地が良い人の「和」、疲れた気持ちも人の「和」で癒され、元気を取り戻せ、居場所として住みやすい輪として認めていきます。私が鍼灸師として何を目指すかも常に変化しています。少しずつ、輪の大きさは広がっています。支部例会へは課題を持って参加でき、話を聞いていただける先輩・仲間と話すのが楽しみです。本部機関紙・本部例会のCDも私の輪を広げる気づきとなっています。他の人を笑顔にできる人になれるよう生きて行きたいと願っています。

東洋はりは私の患者へベストの結果をもたらす治療方法

ノースウエスト支部 Dan Zizza(ダン・ジィザ) 

ダン・ジィザ

なぜ鍼灸師になったのですか?

私は1989年鍼灸師になりました。大学時代に東アジアの文化人類学の学位を習得してその後、鍼灸の勉強に興味を持ち始め10年間太極拳と気功の勉強をしました。

なぜ東洋はりを選んだのですか?

最初に機会があった時に経絡治療の勉強をし始めました。1986年、私がまだ鍼灸学生の頃、経絡治療の授業を受け気の調整調和にフォーカスを置く事と、治療時での脈のフィードバック、そして優しい鍼の手技を大変好みました。

最初にアメリカで開催された“わかりやすい”の講習会では故高井会長、故柳下会長、元高橋副会長、現中田会長から指導を受けました。その後1995年に最初の東洋はりプログラムがシアトルで開催され、1996年にプログラムを卒業しました。

なぜ経絡治療を続けているのですか?

東洋はりを続けるのは私のスキルを深く向上したいためです。そしてよりよく患者を助けることができるようになりたいからです。あらゆるシステムの鍼灸を勉強しましたが、私の患者へベストの結果をもたらすのは東洋はりが最も効果ある治療方法です。